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 AQUA+ARIAの感想をブログには移していなかったことを思い出し、今更ながら移植してみました。HTMLから14冊分を移すのはさぞ面倒であろう…、と身構えたのですが、コピペするだけで複数改行で勝手にブロック分けしてくれてしまうため、意外にあっさり済みました。所要時間たった約1時間。だからって14冊分一気にやってしまうあたり、どんだけ単純作業が好きなのかと我ながら思います。

 最初は、そのうちやろう、とか思ったんですけど。何気なく「最終回はどんなこと書いてたっけ?」と読み返してみたら、あの頃の自分のやるせない感情を思い出して何だかいたたまれなくなってしまいまして。これは早急にネットの海に流し直して供養するべきなのではないかと思ったのです。
 AQUA及びARIAを通じて出会った人と、あの頃は疎遠になっていて、それがとてもとてもつらかったのです。今思い出しても落ち込めるくらいです。現在は幸運にも改めて近くにいてくれるのですが、それでもなお思い出して落ち込めるのか…、という発見そのものに対しても何だかよくわからないヘコみ方をしてしまい、このことも書いて流して供養せねばならないと、こうしてしたためている次第です。

 あともうひとつ、何となくARIAの世界に現実がリンクしていくような感覚を覚えたのも発見でした。作中、灯里は『育った街からも大して出たことがなかった』と語っています。火星まで行ける技術がありながら、長い時間を狭い範囲で過ごしていたということが当時は意外でした。今よりももっと速くどこへでも行けるけれど、でも今よりももっとどこででも何でもできる。だからあえて移動する必要がない、くらいに考えていましたが、COVID-19が流行している現実の中にいると、なんか、そういうことなのかなぁ、と納得してしまうものがあります。どこへでも、それこそ火星までも行ける、けれどそれ以上のリスクが何かあるのかもしれません。だから灯里は里帰りを一度もしていないのかも、とか。そんな深刻さは特にないからこそ、つい勘繰っちゃうな。
 アニメではだいぶ薄れてしまった感があって残念に思っているんですが(そしてそれに引っ張られるようにして原作からも消えていったのも残念に思っている)、特に初期にあったSFっぽさ、どこか漂う終末感が好きで、現実がそれに繋がろうとしているのかと思うと、ついちょっとテンション上がりますね。全然上げてる場合じゃないんですけどね。


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